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『マラス:暴力に支配される少年たち』(工藤律子著)と、我々が抱える社会の闇

『マラス:暴力に支配される少年たち』(工藤律子 著)

著者の工藤律子さんは、メキシコのストリートチルドレンへの支援を続けるジャーナリストだが、メキシコでの取材中に、Hondurasでの“マラス”と呼ばれる少年ギャングの存在と少年たちが直面する闇と恐怖について聞かされ、マラスの取材を行うことにしたのだという。私が久々にマラスの話を聞いたのは昨年だろうか。元ユイマール代表で、モンゴルのマンホールチルドレンを支援してきた照屋さんとSkypeでお話した時だ。なかなか日本では知られることのないマラスについて知っており、関心を抱いて、彼らの支援に乗り出したいという話を聞いた際には、なんと鋭い情報力と感覚だろうかと思っていたが、それからしばらくは、そのことも忘れていた。それがふと本書に出会うことになった。

 

私が国連で紛争調停官をしていたころから、Hondurasおよびその周辺国で、俗にマラスといわれる少年ギャング団の存在と、マラスが社会全体にもたらす恐怖と絶望、心の闇、そして政治家や権力階級(特に警察)による搾取と利用など、多くの人権問題について聞いてはいたが、関係国からの“内政干渉”との指摘・批判もあり、直接的に“知る”チャンスを逸していた。今回、そのlost opportunityに対する答えを本書は与えてくれたものと思う。

 

生きるために他人を殺める。自分たちの存在を示すために犯罪を行い、人を殺める。それが不文律であるかのように、少年から少年へ受け継がれる。ただ“生きる”ために。もともとの起こりは、一般にスラムと呼ばれる街で育つ子供たちと、貧しさゆえに実の両親からも見捨てられる子供たちの現実らしい。「自分の存在意義」を示すために暴力に訴えるという、悪循環が繰り返されている。また、その“恐怖”が、政治家や警察組織に巧みに利用され、彼らの支持獲得のための、社会におけるスケープゴートにさえ使われている“現実”を、本書は見事に描き出している。

 

何よりも数多くの元マラスメンバーたちや支援団体へのインタビューは、彼らのおかれている心理状態を紹介している。親に見捨てられたことからくるトラウマ、「生きるためには死なないこと」という強烈な教訓、他人を殺すことで生かされるという過酷な毎日、そして口外することはできないが、つねに心を占め、どんどん大きくなっていく恐怖と罪への意識。。。。それらが非常に生々しく語られている内容には、思わず言葉を失う。そのような過酷な状況を、運良く抜け出し、信仰に希望を見出すものや、信じることを忘れていた大人たちからの手助けで、再度、他人を信じることを行うことができる若者たち。それが“今”の彼らの明るさと生きることへの希望を表しているのだろう。とはいえ、過去に背負った闇には常に影響されつつ。。。でもそれゆえに、今、他人のために明るく生きる人生を送ることができているのだろう。本書で描かれる彼らの姿はシュールでありつつも、希望さえ与えられる内容だ。

 

しかし、これはHondurasやその周辺国といった、遠い国の話ではないだろう。ここ日本においても、両親から虐待されたり、見捨てられたりする子供たちは増え続けている。また、薬物汚染や性的な搾取などで、大人たちの“食い物”にされている子供たちの増加も後を絶たない。また“貧しさ”ゆえに、食べることすらままならず、飢えから犯罪に手を染める子供たちも多い。いじめもそうだろうし、集団で弱者をいたぶるというのも、恐らく、“愛されていない”現実や、自分の弱さを包み隠すための、彼らなりの“生き残り方(死なないための方策)”なのかもしれない。彼らを助けようと私財を投入する大人も、同時に、たくさんでてきている。子ども食堂が増えていることもそうだろう。そして厚生委員の“おばちゃんたち”が、シンナー中毒の若者たちに食事を提供することで、シンナーをやめさせることができたという事例も数多く聞く。子供たちに愛を与える大人も多いが、同時に愛を奪う大人たちも多い。メディアや社会は、そういった活動を表面的に称えはしても、あくまでも表面だけで、社会の闇や大人のずる賢さや闇については、あえて目をつぶっている気がしてならない。

 

マラスというHondurasでのギャングの問題とそれが作り出す様々な社会的な問題や恐怖を描くことで、本作は、日本や他国にも常態化している社会の闇を描き、またそれを放置し続ける、そして子供たちをスケープゴートに使う“権力”への痛烈な批判を伝えているのではないかと思う。もちろん、あくまでも私の怒りと無力感からくる感想かもしれないが。。。

 

 

by

島田 久仁彦 (しまだ くにひこ)

1975年生まれ。大阪府出身。国際ネゴシエーター。株式会社KS International Strategies CEO。経済産業省参事。同志社大学、アマースト大学を経て、2002年ジョンズ・ホプキンズ大学大学院国際学修士。国際情勢、環境・エネルギー問題の専門家。1998年より国連紛争調停官としてコソボ、東ティモール、イラクなどの紛争調停に従事。2005年から環境省国際調整官(2010年11月から2016年3月までは環境省参与)として、気候変動交渉で日本政府代表団リード交渉官と交渉議題の議長を歴任。2012年世界経済フォーラムYoung Global Leaders 2012に選出される。現在、CNN、BBC、France2など海外メディアに出演し、国際情勢、安全保障問題、環境・エネルギー問題などのコメンテーターを務めている。活動は安全保障・外交問題、エネルギー、環境問題にとどまらず多岐にわたる。主な著書に『交渉プロフェッショナル』(NHK出版)、『最強交渉人のNOをかならずYESに変える技術』(かんき出版)などがある。

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