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『大過剰時代』をいかに生きるべきか

著書紹介:中島厚志 著 『大過剰:ヒト・モノ・カネ・エネルギーが世界を飲み込む』

 

タイトルから想像できることとして、「いろいろなものが溢れていて、世界は飽和状態にある」という問題提起が行われ、「いかに少なく、シンプルに生きるべきか」というような方向性に持っていくのだと思っていた。しかし、実際は、21世紀の世界経済、および私たちの“生きる毎日”において、その過剰なものをいかに活用していくのか、といった内容に思えた。

 

一番、顕著なのは、溢れている情報、つまり情報の大過剰だろう。ITの発展、とくにインターネットの普及により、世界中どこにいても、ネットにさえつながっていれば、他の大陸で起こっていることでさえ、ほぼオンタイムで知り、場合によっては関わることができるようになってきている。かつては、画像がやっと送れることで大騒ぎになっていたのが、今や、接続速度は4G時代であり、世界の出来事がほぼタイムラグなく見て、体験できるようにまでなっている。それが恐らく数年後には5Gの世界に世界は突入する。接続の速さ、動画が途切れないことなどを求め、情報に対する渇望は大過剰の状況にあるといえよう。

 

また情報といえば、量も質も多様化している。今や、ふと疑問に思ったら、すぐにググる(Google search)すれば“ほしい情報”に当たる。そして、そのサーチおよび傾向がデータ化され、個々人の趣向が解析され、preferencesまで提案されるようになっている。確かに便利だが、弊害はないのだろうか。あるとすれば、「分からないときは、自分で辞典を引いて・・・」というアナログな作業で得ていた記憶が、ググれば出てくるという世界では、頭脳に残りづらくなっているらしい。言い換えれば、記憶域に蓄積されることなく、通り過ぎていく。その量もすでに大過剰時代で、私達の能力ではなかなか処理できなくもなっている。室についても気を付けないといけないだろう。Google searchをしてみればわかるが、同じキーワードで検索しても、さまざまな情報や情報源にぶち当たる。最近、講演する際に「どうしてXXXを正しいと思うのか」と聴衆に尋ねた際に、ググって出てきた情報=正しい情報との、盲目的な信頼が顕著に表れることが分かった。情報はあふれ、なんでもググれば出てくる世界にはなっているが、その情報が適正か否か、自分が必要としている中身かどうか、などを、クリティカルに検証するという活動が抜け落ちるという弊害が生じてきているように思われる。

 

次に、食料の大過剰だろう。昨今、フードロスが問題視され、いかに毎日供給される食物を廃棄処分にするのではなく、有効的に利用できるか、消費できるかという議論が起こっている。種子や作物の品種改良や土壌の改良、技術革新などを経て、「飢え」の時代から、「食物大過剰」の時代へと移って久しいが、その傾向は年々強くなってきている。飽食の時代に入り、「何を食べるのか」「どう食べるのか」というチョイスが増えてきているが、まだ生産が消費に追いつかない大過剰の時代は続きそうである。情報の大過剰にも関係するが、コンビニやスーパーに行った際に、意識しないと通り過ぎるだけになるが、ドリンクだけでも何十種類もの商品があるし、ハム・ソーセージにしてもこれでもかと叫びたくなるような種類が、所狭しと陳列されている。そのすべてが消費されることはまずないのだが、消費者たちは、巧みに計算された情報の波に押し流され、特定の商品への“忠誠”を誓わされている。ちょっと大げさな言い方になるだろうが、大過剰の弊害の一つだろう。

 

本書のなかで、驚いたのが、「カネの大過剰」への警鐘だ。「お金はたくさんあるといいなあ」と漠然と欲望も湧くのだが、消費しきれない金融資産、とくに預貯金の存在は、世界経済にとってのリスクになるというメッセージだ。日本をはじめとする先進国で超低金利政策が継続されるにも関わらず、増え続ける預貯金への“疑問”や、超低金利なのに“借りたがらない”個人と企業の傾向など、健全な経済という視点から、世界経済が行き詰まる危険性について述べられている。

 

本書の後半では、そのような大過剰時代にどのように生きるか、について独自の視点が述べられているが、一言でいえば、これまで量を追求してきた“もの”の経済から、“コト”(体験や経験)への投資・消費への転換とそれに対する対応などが挙げられている。すでに「このいっときに」とか「この景色を見るために旅に出た」、「何もしない時間を確保するための逃避行」といったコトへの出資はブームになっているが、その傾向が一層強まるのだろう。ということは、share the momentを可能にするユニークな“こと”を、ひたすら提供する側は見つけ続けなくてはいけないだろう。スペースX社などが提供しようとしている数日間の宇宙旅行などもそうだろう。いかにmomentをユニークなものとして提供しつづけることができるか。教育の中身ももしかしたら、この“こと”の消費の対象になるかもしれない。

 

最後に、この本では、日本経済はまだこの過剰時代への対応の伸びしろが他国に比べて大きいとの見解を示している。詳しくは、本書をお読みいただければと思うが、それぞれの指摘や考えは共感できるものが多い。ただ、そのためには、これからそう長くないうちに、日本の経済構造やライフスタイルの根本的な変革が必要にはなるだろうが。。。

 

さまざまなものが過剰に供給され、努力しなくても“与えられる”というこの時代、そしてこれからの時代に、どう生きていくべきか。考えさせられた一冊でした。

by

島田 久仁彦 (しまだ くにひこ)

1975年生まれ。大阪府出身。国際ネゴシエーター。株式会社KS International Strategies CEO。経済産業省参事。同志社大学、アマースト大学を経て、2002年ジョンズ・ホプキンズ大学大学院国際学修士。国際情勢、環境・エネルギー問題の専門家。1998年より国連紛争調停官としてコソボ、東ティモール、イラクなどの紛争調停に従事。2005年から環境省国際調整官(2010年11月から2016年3月までは環境省参与)として、気候変動交渉で日本政府代表団リード交渉官と交渉議題の議長を歴任。2012年世界経済フォーラムYoung Global Leaders 2012に選出される。現在、CNN、BBC、France2など海外メディアに出演し、国際情勢、安全保障問題、環境・エネルギー問題などのコメンテーターを務めている。活動は安全保障・外交問題、エネルギー、環境問題にとどまらず多岐にわたる。主な著書に『交渉プロフェッショナル』(NHK出版)、『最強交渉人のNOをかならずYESに変える技術』(かんき出版)などがある。

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