「グローバルリーダーとは、周りがお膳立てして教育することによって生み出せるものではない」
ここ数年は日本でも講演させていただくことが多くなりました。光栄に存じます。
対象はこれからを形成する中学生や高校生をはじめ、進路に思い悩む大学生、どの分野に進むべきか迷う大学院生、国際機関でのお仕事を目指される方々、新たに社会人になられた方々、これから会社の将来を背負っていく幹部候補生、次のステップで会社や国を背負うシニアリーダー、そしてすでにリーダーとしての立場がおありになる方々、いろいろです。質疑応答の際、もしくは、そのあとの懇親会や、個別のメールなどでよく聞かれる質問が「どうすれば、島田さんのようなキャリアに就けるのか」「グローバルリーダーを目指すにはどのような教育や経験が必要か」「グローバルリーダー養成のための方法はあるか」といった内容が多くなっています。
「世界でも通用するようになりたい」との思いは非常に嬉しい限りですが、(私がこの「グローバルリーダー」という表現があまり好きでないことは置いておいて)グローバルリーダーとは、周りがお膳立てして、教育することによって生み出せるものではない、と考えています。
例えば、イタリアンレストランを作ろうとしている人がここにいるとします。
その人は、消費者の嗜好を知るためにまずはリサーチすることから始めたとしましょう。トレンドとして、今の人たちはどのようなものが好きなのか。パスタであれば、トマトソースがいいのかクリームソースがいいのか、麺はちょっと太めが人気なのか、ゆで加減はどのぐらいが好まれるのか。アンケートを取って調べていくと、“これ”が良さそうだという傾向は見つかるかもしれません。しかし、それに沿ってメニューを考えたらどうなるでしょうか。ソコソコのレストランはできるかもしれませんが、あくまでもソコソコでしょう。
本当においしいレストランはそんなことは絶対にしないはずです。私の友人にも、それこそミシュランの星付きのレストランのオーナシェフも何人かいますし、常に客足の途絶えないレストランのシェフも数多くいます。皆さんに共通していることがあるとすれば、私の私見ですが、巷の流行や人気などには左右されず、シェフ自身が突き詰めて生み出した「これは絶対にうまい」という料理があり、それを皆にも食べてもらいたいという信念と情熱があるはずです。そして力を尽くしてその料理を作り、ドーンと出して、それが素晴らしいからこそ、人が集まり、人気のお店となっていくのだと思います。
どんな分野でも世界を股にかけて活躍する“グローバルリーダー”は「これをやれば必ず成功する」というルーティンに沿って誕生するものではありません。うまくいくかどうかはわからないが、その人自身が“これだ!”と信じるものを懸命に形にし、それが素晴らしいから評価され、新たなムーブメントになっていく。その結果、気が付けばその人が“リーダー”になっている、という具合ではないでしょうか。
技術やノウハウは、本人のやる気さえあれば、どんな環境でも学ぶことはできると思います。そして教育プログラムとして、ある程度までは制度化できるかもしれません。しかし、“出会い”や他人から受ける刺激、さまざまな人生経験はお膳立てして得られるものではありません。
グローバルリーダーにもっとも問われているのは、まさにそのお膳立てできない部分であり、そういった人生経験を自ら積み上げていく姿勢です。だから教育機関において、グローバルリーダーを育てるためのカリキュラムを組んで教育をするという形式に私は違和感を覚えるのでしょう。
私は、グローバルリーダーにとって最も大切な資質は、「感動できること」だと思います。感動できるというのは、物事や目の前で起こっていることに対してそれだけのmotivationを持てるということで、いくら頭が良くても技術があっても、感動できない人はいざというときにでも十分にアクセルを踏めないのではないかと思います。
やはり「心」が重要なのではないでしょうか。表面的なことにとらわれず、日々、自分の心と向き合い、心に問いかけながら過ごすことが、リーダーとして生きるために必要な資質だと考えます。